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都心に存在するという「バー ラルム」は神出鬼没のバー。そこを見つけられることができるのは、
選ばれた人だけ。なぞめいた美人オーナーの出すアロマチックなおしぼりは、その人の心を解き放ち、向かうべき場所へと導いてくれます。今宵、その扉を開けるのは、「あなた」かもしれません。
 
 
最終回 光のある場所へ

  午前中、さんさんと降り注いでいた太陽の光が、突如として分厚い雲に覆われると、大粒の雨がアスファルトを叩くような勢いで降り出した。

  何もかもが消える。

  地面についた足跡も、

  コントラストが美しい影も、

  そしてまたわずかに残っていた懐かしい香りも……。

  ここ数年、夏になると東南アジアさながらのスコールが降るようになった。どしゃぶりの雨が上がれば、今度は地面から湿気がじわじわと沸き立つ。あの日もこんな天気だった。雨の後、昼間の熱が冷え切らない土から出る湿気が、夜の街を包みこんでいた。

 「もう一度、彼女に会いたい」

  それは海の底に投げたダイヤの指輪を探すようなものだった。

  たった一度、それもカクテルを一杯飲む時間をすごしただけのことで、彼女の名前すら知らないのだから。覚えているのは、彼女が出してくれたおしぼりからするローズマリーの香りだけ。

 「キツネにつままれた……」というのは、あの時の夜のようなことを指すのだろう。バーに忘れたライターを取りに帰ろうと来た道を戻ったのだが、いくら探しても店はみつからなかった。周辺の店にたずねても、皆、首を傾げるだけ。ぽっかりと空いた異次元への穴に迷い込んででもいたというのか? 何度考えても腑に落ちない。

  あの日、僕が彼女の店を訪れたのは、ただの偶然だった。

  もっと言えば、彼女の店でなくてもよかったのだ。カフェだろうが、ホテルのバーだろうが、僕のことを知らない人ばかりがいる空間に身を置きたかった。そして僕が泣いても、見て見ぬふりをする人たちの中で、一番みっともない自分をさらし出したかった。



 
葉石かおり
葉石かおり
(はいし・かおり)
エッセイスト
プロフィール
  ラジオレポーター、女性週刊誌の記者を経て、現職に。利酒師、焼酎アドバイザーの顔も持つ。
  「おひとりさま」のエキスパートとして各メディアで活動中。ひとり時間を豊かにする「おひとりさまマガジン」を主宰。
  現在、東京と京都の半々暮らし。
  西陣の老舗呉服屋・宮崎織物とコラボしたメイドイン京都ブランド「和をん」では手ぬぐい、帯ほか、酒小物も販売予定。
  近著に「女利酒師とソムリエールが選ぶ今宵最高の一本」(集英社)がある。
  また京都を舞台にした携帯小説「酒亭 心酔」がブックスレジモにて近日公開。
著作
「日本全国この日本酒がウマい!」
(KKベストセラーズ)
「隠れ酒がうまい!」
(講談社)
*「女は年下男が好き」
(講談社)
「あなたが辞めるといった時、上司は止めてくれますか?〜ゆるキャリのススメ〜」
(講談社)
*「ビバ!!年下婚」
(光文社)
「30代からの結婚がハッピーになれる!」
(三笠書房)
*「かっこいい女はおひとりさま上手」
(PHP研究所)
「実践!おひとりさま道」
(ライブドアパブリッシング)
「女利酒師とソムリエールが選ぶ今宵最高の一本」
(集英社)
「大人の蕎麦屋はここにある」
(集英社)
「産まない理由」
(イースト・プレス)
*は台湾、中国、韓国にて翻訳出版
 
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