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都心に存在するという「バー ラルム」は神出鬼没のバー。そこを見つけられることができるのは、
選ばれた人だけ。なぞめいた美人オーナーの出すアロマチックなおしぼりは、その人の心を解き放ち、向かうべき場所へと導いてくれます。今宵、その扉を開けるのは、「あなた」かもしれません。
 
 
第四回 遠い記憶

  私鉄沿線にある郊外の実家は、父亡き後、母が一人で住んでいる。

  一人で住むには広すぎる家を、気丈な母は秘宝をいつくしむよう、大切に守っていた。紗枝の二番目の子どもが生まれた時に植えたキンモクセイも、今はすっかり大きくなり、庭に涼やかな木陰を作っている。ここに帰ってくるのは1年ぶりになるだろうか。くしくも今日は父の月命日だった。

  表札にはまだ父の名前が大きく掲げられている。

  父の死後も母は、「老人の一人暮らしと思われると危ないから」と言って、外そうとはしなかった。それが言い訳であることはわかっていたが、誰一人として母をとがめる者はいなかった。

  表札脇のチャイムを鳴らしても応答がなく、私は合鍵を使って中へと入った。

  時計はすでに9時をまわっている。母はもう寝ているに違いない。

  70歳をすぎてから母は、それまでの宵っ張りから朝方に生活が変わり、早々に寝てしまうことが多くなった。生活リズムが合わないことも、疎遠になってしまった原因の一つだったように思う。

  よく磨かれた廊下を進み、キッチンに入ると、『バー ラルム』で出されたおしぼりと同じベルガモットの香りがかすかに漂っていた。

  寝しなに紅茶でも飲んだのか、母の体温がわずかに残った薄暗いキッチンで、私はビールでも飲もうと何気なく冷蔵庫を開けた。

  「あ・・・」

  私は小さな声を上げていた。


 
葉石かおり
葉石かおり
(はいし・かおり)
エッセイスト
プロフィール
  ラジオレポーター、女性週刊誌の記者を経て、現職に。利酒師、焼酎アドバイザーの顔も持つ。
  「おひとりさま」のエキスパートとして各メディアで活動中。ひとり時間を豊かにする「おひとりさまマガジン」を主宰。
  現在、東京と京都の半々暮らし。
  西陣の老舗呉服屋・宮崎織物とコラボしたメイドイン京都ブランド「和をん」では手ぬぐい、帯ほか、酒小物も販売予定。
  近著に「女利酒師とソムリエールが選ぶ今宵最高の一本」(集英社)がある。
  また京都を舞台にした携帯小説「酒亭 心酔」がブックスレジモにて近日公開。
著作
「日本全国この日本酒がウマい!」
(KKベストセラーズ)
「隠れ酒がうまい!」
(講談社)
*「女は年下男が好き」
(講談社)
「あなたが辞めるといった時、上司は止めてくれますか?〜ゆるキャリのススメ〜」
(講談社)
*「ビバ!!年下婚」
(光文社)
「30代からの結婚がハッピーになれる!」
(三笠書房)
*「かっこいい女はおひとりさま上手」
(PHP研究所)
「実践!おひとりさま道」
(ライブドアパブリッシング)
「女利酒師とソムリエールが選ぶ今宵最高の一本」
(集英社)
「大人の蕎麦屋はここにある」
(集英社)
「産まない理由」
(イースト・プレス)
*は台湾、中国、韓国にて翻訳出版
 
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